Life-ism

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養生日記

今朝の瞑想中に浮かび上がってきたこと。

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離婚してまもなく、私が遠い土地に移ったのは、その土地で再婚するつもりだったからだ。けれど、私たちをその土地に呼んだ相手は、半年後に私たちから離れていった。当時の私は、彼に<捨てられた>と思った。まるで、じゃまになった飼い犬が捨てられるように、私たちは捨てられたんだと思っていた。

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まだ別れる前に、彼からこんな話を聞かされた。

有名人や政治家が足繁く通う占い師に仕事で出会った。これから家族になろうとしているお前たち(=私と子供、当時3歳)について占ってもらうために、彼女が好きな食べ物を持って占い師に会いに行った。

その占い師に言われたこと。

『この子(=私の子供)は、父親が二人いる運命をもって生まれてきている。この子はとても頭がいい。お母さん(=私)はいわゆる教育ママだけど、この子はお母さんの思い通りにはならない。お母さんがびっくりするような結婚相手を連れてくるけど、お母さんは反対しちゃいけない。

そもそも、この人達と家族になる前に私のところに来るということは、あなたに予感があるからじゃないの。何もなければ、私のところになんて来ないでしょう』

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それ以上のことは話さなかったけれど、相手は、おそらく私との結婚よりも、息子の父親になることについて不安(予感)があったんだろう。一緒に暮らしていた頃、<血のつながり>という言葉を、彼の口から何度も聞いた。血のつながらない子供と実際に暮らし始めて、彼の葛藤はますます大きくなっていったんだろう。

この占い師から『この子の父親になるのは、あなたじゃない』と、暗に告げられたんじゃないかと思う。そのぐらいのことは、この占い師には視えたはずだ。

三人で暮らし始めたのに、彼がまったく明るい顔を見せず、どんどん陰気になって私たちに冷たい態度をとるようになったのは、いずれ離れる運命だと知っていたからだろう。

そう考えると、私たちは彼に<捨てられた>のではなかった、ということが理解できた。息子の二人目の父親になるべき相手と私たちがめぐり逢えるように、彼が<離れてくれた>のだ。そのやり方は冷酷だったけれども、そのようにされなければ、私は踏ん切りをつけられなかった。

その後まもなく今の夫と出会い、7年後に息子は夫の養子になった。今の夫が息子の二人目の父親になった。

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身に起こるできごとが、運命というレールに沿って起きているのだとしたら、あるできごとの先には、そのできごとを必要とした<何か>がある。例えば、私が今の夫とめぐり逢うには、彼に<捨てられた>(と私に思わせるような)できごとが必要だった。

つらいできごとの先には、それを必要とした何かが起きる。それは、運命というレールから外れることはない。だとしたら、無理に抗わなくても、この旅程を安心して楽しんでいたらいいんだな、と思えてくるのだ。