Life-ism

生活者が発信しています。暮らしの知恵。こころとからだの健康。

恐怖心が消えるという体験

先週の週末、八ヶ岳にある天狗岳に登ってきました。好天に恵まれ、素晴らしい景色を堪能できました。

f:id:trans_blue01:20180130081758j:plain

私は登山が好きなくせに高所恐怖症で、森林限界を越えて高い木々が減り、視界を遮るものがなくなって景色が広く見渡せるようになると、足がすくんできます。足場の悪い岩場も大の苦手です。『ここで転んだら、足を滑らせたら、骨折して、大怪我をして、おそらく死ぬ』という連想と恐怖心がわいてきます。心拍数が上昇し、呼吸が浅くなり、視野が狭くなり、気分が悪くなってきます。

天狗岳には昨年もチャレンジしましたが、天狗岳までの登山道が見渡せる根石岳まで来た時、行く先の岩場が目に入った途端、恐怖心がわいてきました。「私はここまででいいわ」と言ってその場に留まり、夫がひとりで登頂しました。それでも、私は澄み切った青空とキラキラ輝く太陽の下、八ヶ岳の縦走路を歩けただけで、天狗岳に登頂しなくても十分に満足だったのです。

今年は、去年と異なるルートから天狗岳に向かいました。今年はできれば登頂してみたいと思っていましたが、やはり森林限界を越えたあたりから、徐々に恐怖心がわいてきました。そして、とても恐ろしげに見える岩場に差し掛かりました。手がかりになる鎖もハシゴもありません。猿のように、岩から岩へヒョイヒョイと飛び移るようにして行ってしまう人もいますが、私にはそんなことはできません。「・・・私はここで引き返す」と夫に言いました。

いつもなら「じゃあ、俺だけ行ってくるからどこかで待っていて」と言う夫が、「あかん!」と言いました。「いつもそうやって途中で引き返していたら、いつまでたっても登りたい山に登れないままや。こうやって(と見本を示しながら)ゆっくり行けば絶対に行けるから。大丈夫やから!」と、強く励ましてくれました。私は、思いきって岩場に取り付きました。おばあさんのようにゆっくりと、手足を使って慎重に岩場を進み、無事に通過しました。

そこから先にも、岩の多いがれ場がいくつもあり、数百メートルの高さの切り立った崖も何か所かありましたが、なぜか恐怖心がまったく消えていることに気付きました。

山頂が近づくにつれて視界を遮る木々がなくなり、自分が高所にいるという感覚が強くなると、いつもなら心拍数が上昇し、足がガクガクしてくるのですが、なぜか「行ける!できる!」という力強いエネルギーがわいてくるのです。

振り返ると、青空のはるか向こうに北アルプス南アルプスの稜線がくっきりと見え、下方の森の中には今朝出発した黒百合ヒュッテの屋根がぽつんと見えていました。登りたかった山頂に、あともう少しで到達する。その感動と喜びで胸がいっぱいになり、涙がポロポロとこぼれてきました。そして、無事に天狗岳に登頂することができました。

***

今回の登山で、突然恐怖心が消えて「行ける!できる!」という力強いエネルギーがわいてくるという不思議な体験をしました。それは、まるで「頭がゴンゴンとぶつかっていた天井を思いきって突き破ってみたら、真っ青な広い空があった」というような、幸せで清々しい体験でした。

医学的にはランナーズハイ(エンドルフィンの放出)の仕業と説明できるのかもしれませんが、私にはそれ以上に価値のある有意義な体験でした。