Life-ism

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お手本として慕っている人

今の私の主婦としての暮らしは、まるで元夫の母親をお手本にしているみたいだと、何年か前に気付きました。

元夫の父親は電電公社のサラリーマンでしたが、彼女は和裁の技術を持ち、自宅で和裁の仕事をして収入を得ていました。住んでいた家と土地は、和裁の収入を貯めて現金で買ったのだと、そのことを誇らしげにしていました。

庭には、季節の野菜と、レモン、梅、柿、みかんなどの果樹が植えられていました。梅干し、梅酒、ぬか漬け、味噌など、手作りできるものはすべて手作りでした。元夫いわく、かつては醤油も作っていたそうです。

食卓に並ぶ料理は野菜が中心で、どれも素材の味そのままか、あっても薄い味付け。だしは、昆布と干ししいたけでとるのが基本。血圧が高い元夫の父親のために、塩分をできるだけ控えた手作りのだし醤油やポン酢が食卓にのっていました。

「この野菜は、からだにこんなふうに良いのよ」と、ひとつひとつの野菜の長所や効能を教えてくれました。当時まだ珍しかったゴーヤ(にがうり)を初めて食べたのも、彼女の料理でした。彼女は暮らしに関して信念を持っていましたが、嫁の私に自分の信念を押し付けることは、絶対にありませんでした。

息子が生まれた後も、育児に口を出すことはなく、孫に会いたくて押しかけて来ることもありませんでした。月に一度連れて行くと、それはそれはかわいがってくれました。

当時の私は、自宅の庭で野菜を育てることや、庭木として果樹を植えることに、まったく価値を感じていませんでした。彼女が毎年くれる梅干しと梅酒の入った大きなビンを、ありがた迷惑のように感じていました。彼女の料理はどれも地味で薄味で、おもしろみがないと思っていました。

けれど、今の私には、それらがいかに素晴らしいものであったかがわかります。彼女の暮らしが、家族の健康と幸せを願い、彼女が手塩にかけ、知恵を働かせ、工夫をこらしたものであふれていたことが。

主婦になって20年以上経ち、今の私の暮らしに関する信念は、彼女に近づきつつあります。まだまだ彼女の足元にも及びませんが、これからも彼女を主婦のお手本として慕いながら、暮らしていくつもりです。