Life-ism

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数字や肩書きにこだわること

いよいよ明日からセンター試験が始まります。1年前の今頃は、トンボがセンターの過去問を解き、私が採点する、ということを毎日やっていました。それは、本当にしんどい毎日で、あんまり思い出したくないのです。毎日が数字との戦いでした。

あんなにがんばったのに、思うように点数に表れない……。それは、とてもつらいことでした。私は、トンボの日々のがんばりを知っていましたが、大学の学生選考担当者たちは、点数しか見ませんでしたから。

人として大事なところに関しては反映できない数字が、人生の岐路を分けるのだから、こわい仕組みです。

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久しぶりに友だちに会うと、どんな話題になりますか。「偏差値いくつ?」「どの大学受けるの?」「どこに就職したん?」「手取りいくら?」「ご主人の勤め先は?」「お子さんの学校は?」……

このように、数字や肩書きにこだわる人は、他人からどう思われるかが、いちばん気になる人です。他人の自分に対する評価が高ければ気分が良くなり、評価が低ければ気分が悪くなります。そういう人は、たくさんいます。かつての私もそうでした。

もし、毎日とてもがんばっていて、それなりの成果も出しているのに、他人から「その程度なの?」と評価されたら、がっくりします。そして、ますます数字や肩書きにこだわるようになっていくのです。誰からも「スゴイ」と言われたくて……。

他人に評価をゆだねるのは、しんどくないですか? 私はしんどいです。自分のことは、自分がいちばんよくわかっています。下手でも、こんなにがんばっている……。お給料は安いけど、毎日やりがいがある……。

私は、いつからか、自分で自分を評価するだけで、他人の評価は気にしなくなりました。もちろん、仕事のミスを取引先から指摘されたり、家族から何か注意されたりしたら、きちんと聞いて善処します。けれど、評価は私が下すのです。私がダメだと思ったらダメ。良いと思ったら良いのです。

特に、数字を指標にした比較などは、あんまり気にしない方がよいです。ふーん、あ、そう、ぐらいに思っておけばよいのです。それよりも大事なのは、自分が満たされているかどうか。最善を尽くした、やり切ったと日々思えているかどうか、なのです。

適当にちょろちょろやっただけなのに、周りから賞賛されてきた人は、要注意です。周りからほめられなくなったとき、自分というものが崩れてしまいます。

それよりも、最善を尽くしてがんばってきたけど、周囲の評価は今ひとつだった、という人の方が、救いがあります。自分の視点を変えるだけで、満たされることができるからです。