Life-ism

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養生日記

いろいろな方法でかれこれ20年ほど続けてきたWeb日記ですが、まとまった文章を綴る時間がない、ツイッターの方が簡単便利、というわけで、最近は閑古鳥が鳴いている状態です。

Web日記を通して知り合えた友人もいて、その友人たちへの現状報告の意味もあって細々と続けてきたのですが、そろそろ潮の変わり目かな、とも思います。

去年の2月ごろに見舞われた体調不良をきっかけに、養生生活を始め、それから幸い「更年期障害」と呼ぶほどの重い症状に見舞われることなく、日々を過ごしています(去年の2月ごろの体調がいわゆる「底」だったと思う)。

息子が大学を卒業して社会人となり、長かった(案外短かった?)子育ても終了しました。もちろん、息子との親子関係には終わりはありませんが、子育ては終了です。お疲れ様でした、私。

そして、子育ての終わりと同時に見えてきた新たな人生のテーマが、両親の介護・看取りと、両親亡き後の弟のサポートです。

それについて「書きたい」「記録したい」というモチベーションが高まってきたら、ここに綴っていくつもりですが、それまでこのWeb日記の定期的な更新は、いったんお休みとしたいと思います。

貴重な時間を費やして、ここを訪問し拙文を読んでくださった皆様に、感謝申し上げます。

それでは、また!

養生日記

インフルエンザ疑惑から2週間経ちますが、身体はまだ尾を引いています。

同時期に体調が悪かった夫も、同じ症状です。便の様子がちょっとおかしいのです。普段と同じ食事をしていても元に戻らないので、必要があって身体がこのような便を出しているのだろうと考えています。

さらに、ここ1週間ほど首の後ろ(うなじ)にかゆい皮疹が出ています。どうしても掻くので、うなじ全体が真っ赤になっています。

ちょうど昨年の今頃、登山で大量に汗をかき、その汗をぬぐわないまま首筋に強い日差しが当たる状態で30分ほど休憩しました。その後、首の後ろにかゆい皮疹を発症。数週間で皮疹が消えましたが、以後周期的に同じ場所に皮疹が出ます。

かゆいかゆいかゆい~~~~!!!というかゆみのピークが数週間続いた後、まるで何もなかったようにスーッと消えていきます(薬など使わなくても)。この症状が数ヵ月おきに出ます。

「乾燥した皮膚に汗が付いて起こる汗かぶれ」という説もあるのですが、そもそも皮膚の汗腺が作り出した汗に皮膚が反応してしまうということ自体、なんだか不思議な話です。

身体は、どんな時も全体として健康な状態を維持しようとしており、症状は何らかの必要があって出ていると言われています。痛みは、危険な状態であることを知らせる身体からのサインだということは、誰でもわかると思いますが、かゆい発疹は掻いて皮膚から毒を出させるために出るものだ、という説があります。

いずれにしても、健康な状態を維持しようとして働いている身体のしくみを信頼して、症状が治まるのを待っています。

春の風邪(インフルエンザ?)

先週の中頃(Day 1)夫が珍しく鼻づまり。「風邪をひいたんじゃないの?」としつこくたずねたけどあいまいな返事。念のため常備している<麻黄附子細辛湯>を2回飲ませた。夜に「全身の筋肉が痛い」と言う。

2日後(Day 3)私の右鼻とのどの粘膜に違和感。と同時に朝から下痢。便秘性なので朝から下痢はめったにないこと。

翌日(Day 4)午後から右鼻とのどの痛みが強くなりサラサラした鼻水が出る。

翌日(Day 5)朝イチから具合が悪い。鼻水が右耳に流れているような感覚があり、右耳がキーンと痛み出す。激痛。あっという間に右耳が聴こえなくなり、あわてて耳鼻科を受診。急性中耳炎と診断される。帰宅後熱が上がり、夜に39℃を超える。食事をとらずウィダーinゼリーを飲む。

夜、息子が帰宅して「気分が落ちてる。何もかもが不安で仕方がない。食欲がまったくない」と訴える。数日前から身体がだるく下痢もしたとのこと。横にならせてお腹を触ると胸脇苦満が顕著だったので、六君子湯を飲ませる。

翌日(Day 6)解熱。耳の痛みが消え聴こえも若干ましになる。鏡を見ると目の周りが真っ黒で顔全体がどす黒い。息子の食欲は回復(引き続き六君子湯を飲ませる)。

現在(Day 9)聴こえはまだ全快しておらず、軽く咳が出る。息子は引き続き六君子湯を飲んでいる。

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要約すると、何かのウイルスに家族全員が感染して、体力のない私がいちばん重症化した。息子の一過性の抑うつ状態も、やはりウイルスの影響ではないかと思っている。

この邪悪な感じ、たぶん今流行しているインフルエンザ(B型)。私ののどにインフルエンザ特有の「イクラ状のつぶつぶ」が出ている。予防接種をしていたからこの程度で済んだと思う。

養生生活(早寝早起きを始めて2週間)

息子のタイムスケジュールに合わせて、私も早寝早起きに切り替えて2週間が経ちました。

今は、6時にアラームをセットし、22時半ごろに入眠しています。アラームが鳴る前に目が覚める時もありますが、布団の中でスマホを眺めたりして、6時までは布団の中にいるようにしています。

以前は12時半ごろに入眠し、8時ごろに目を覚ましていたので、今とちょうど2時間の「時差」があります。なので、今は、時計を見た瞬間に2時間を足して「今はもう○時だ」と言い聞かせて、早め早めに行動するようにしています。

早寝早起きを始めたばかりの頃は、睡眠時間を確保できているにもかかわらず、一日中眠たかったのですが、ようやくその眠気がなくなってきました。今のリズムに慣れて、深い睡眠がとれるようになってきたのだと思う。

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あるYouTuberさんに影響されて、普段の料理に塩麹、醤油麹、甘酒を取り入れていこうと思い立ち、それらを手軽に作るためにヨーグルトメーカーを購入しました。

さっそく冷蔵庫にあったヨーグルトと牛乳を混ぜて発酵させてみたけれど、出来はいまいち(かなりゆるい)。乾燥麹に塩と水を混ぜて発酵させてみたけど(塩麹になるはず)、出来はいまいち(水がかなり足りなかったようでポソポソで甘みが足りない)。しばらく試行錯誤を続けて、最適なレシピを見つけたいと思う。

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ウォーキングはほとんど(まったく)していないけれど、ヨガは毎朝きっちりやっている。アシュタンガ・ヨガ流の太陽礼拝を知り、やり始めたら全身筋肉痛になった。始めてから2週間、今では筋肉痛にならなくなり、腕や体幹にそれなりの筋肉がついたのを実感しています。

12月、1月、2月と甘いもの(料理に使う砂糖も含む)を食べる機会が多く、体重が昨年の最低値から2キロ増えた。3月は意識して甘いものを減らしたら、1キロ減った。私の身体は甘いものに敏感に反応するから、まじで気をつけなくては。麹系の調味料を使おうと思った理由に、料理に使う砂糖を減らすため、というのが一つある。

麹系調味料については、また書いていきます。

母の検査結果と人生について

先日、帰省する前に、実家の母が腹部エコーで「膵臓に1 cm大の影」を指摘されていました。そのことを帰省中に聞かされたのですが、後日、膵臓のCT検査を受けて「病変なし」と診断されました。ひとまず大きく安堵のため息をつきました。

母にがんという診断が下されることを、想定していました。けれど、私自身、まだまだ未熟で器の小さい人間です。がんに蝕まれていく母を支え看取ることなんて、到底できません。私がふさわしい人間に成長した時、それに応じた何かが訪れるだろうと思っています。その時も、おそらく最初は私には無理だと抗うだろうけど、それができる器とタイミングが揃ったのだと自分に言い聞かせて、受け容れようと思う。

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息子を授かってから23年。私の人生のほぼ半分に相当する時間を、息子を育てることに費やしてきました。その息子がこの春に社会人となり、「息子が一人前の人間になるまで育てる」という、私の長年の目標を達成できました。長いようであっという間でした。

これから先の人生で、私がやらねばならない大事な仕事は、両親の看取りと、夫の看取り、もしくは私自身の病と死です。いずれも大変な仕事ですが、その仕事をやり遂げた時、あるいはその過程で、それに応じた何かがギフトとして与えられるでしょう。人生は、プラスマイナスゼロになるようにできていると思うからです。きっと、つらいことや悲しいことばかりではなく、楽しいことや嬉しいこともあるだろうと思います。

 

 

養生日記(登山と温泉)

息子の生活リズムに合わせるため、生活リズムを2時間前倒し(6時起床・22時半就寝)にし始めて1週間。まだ身体が慣れない。2時間早く起きて、2時間早く寝る。たったそれだけなのに、身体がとても混乱しているのを実感している。

何年か前から、目覚ましを使わずに起きる(身体が眠りたいだけ眠る)を励行して体調を保てていたけれど、今は目覚ましで無理やり6時に起き、22時半に就寝すべく無理やり布団に入っている。身体に無理をさせている。

目覚ましを使わなくても、6時までにすっきりと目覚められるようになった時、ようやく身体に無理をさせていないことになると思う。この生活リズムに慣れるには、もうしばらくかかりそう。

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先日、夫と登山&温泉旅行に行ってきました。

登ったのは南アルプス最北端の入笠山。冬山歩きはまったくの初心者だけど、山頂近くまでゴンドラで登ることができ、山頂まではほぼ1時間半ほどの行程。トレッキングシューズにチェーンスパイクを取り付けて、安全に冬山歩きを楽しめました(雪に対する装備のない登山者は、足元がすべって大変危なそうだった)。山頂からは360度の展望。間近の八ヶ岳南アルプス中央アルプス、遥かに北アルプスまで臨むことができた。

泊まったのは、八ヶ岳の奥蓼科温泉郷にある温泉宿。こちらの宿の目玉は、濃厚な薬泉と、地元の野菜や山菜をふんだんに使った料理。料理の品数が多く、野菜メインとはいえかなり食べすぎました(次に利用する時は料理を減らしてもらおう)。原村の産直スーパーで、地元の名産品や野菜を買って帰宅。夕食の食卓に並べました。

八ヶ岳を訪れるたび、原村に別荘を持つ/移住するのもいいなぁと思えるのは、あの産直スーパーがあるから。あのあたりの「美味しいもの」が、あそこに集約されている。

帰省してわかったこと

先日、1年と3ヵ月ぶりに帰省しました。

※ 前置きとして、実家の母と弟は双極性障害と診断されており、母は糖尿病、脊柱管狭窄症、軽度認知障害(疑い)、膵臓疾患(疑い)を併発しています。

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2年前に某地方都市に移り住んだ弟が、うつ状態(の兆し)を再発して実家のすぐ近くに部屋を借りて戻ってきており、二人になれる時間を確保して話し合いました。

5年ほど前、躁状態の弟からなかば脅されるような形で、父が弟に譲り渡したなけなしの遺産(1500万円ほど)は、案の定ほぼゼロになっていました。

私に内緒で父が弟にお金を渡したと知った時から、こうなることは想定の範囲内でした。

弟は実家のすぐ近くに部屋を借りましたが「お金がもったいないから」実家に戻りたがっており、弟にもうお金がない以上、私も実家に戻るしかないと思いました。

2月から2か月休職し、4月からアルバイトで復職です。

近いうちに弟と再び話し合い、弟が金銭面や就労面の問題を安心して相談でき、自立した生活をサポートしてくれる専門的な機関と結びつけたいと思っています。

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弟の躁の再発に備えて、父の手元に残ったわずかな貯金(300万円)と家の権利書を私が預かることにしました。これは、父と母と弟の今後の生活のために、なんとしても死守すべきものだからです。

実家は、他にも経済的な問題(クレジットカードのずさんな使い方)を抱えており、それらも今の段階できちんと解消しておこうと思っています。

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というわけで、実家は客観的に見てとても危うい状態ですが、できるところから一つずつ良い方向へ導いていきたいと思っています。