Life-ism

生活者が発信しています。暮らしの知恵。こころとからだの健康。

山小屋の灯

このところ、息子の就活が思うようにいかないことや、大阪にある実家が震度6弱地震に遭うなど、心配の種になるようなことばかりだったが、昨夜、ワールドカップで日本代表がコロンビア戦に勝利したのは、久しぶりに胸が躍る明るいニュースだった。

観戦していた人達のこころに、希望、が芽生えたのではないかと思う。

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インスタグラムでフォローしている小林百合子さんの新しい著書が出た。

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この本の文章を通して見えてくるのは、晴天の下の稜線ではなく、ガスと雨の中登る樹林帯の景色だ。雨女の私にとって、なじみの深い景色だ。

まだか、まだか、と思いながら歩いていると、霧の中に突然現れる山小屋。目指す山小屋が見えた時の、なんともいえない安堵感。山小屋の重い扉を開けて中に入り、泊まりの手続きをしている時の、なんとなく誇らしい感じ。見知らぬ人と隣り合って、湿り気のある毛布をかぶって眠る夜。まだ夜が明けていない時間帯から動き始める、山小屋のあわただしい朝...

この本で紹介されているのは、行ったことのない山小屋ばかりだけれど、そこに流れている空気はわかる。今、私もまさにそこにいる、と思えるほどに、わかる。

この夏も、ガスと雨の中、樹林帯を歩いて山小屋に行こう。私の大好きな場所。

ダンジョン

就活で、ひとつも「期待した通りの結果」が得られない息子。

今日も面接の予定が入っていたが、朝からネガティブな重い空気をまとっていた。「今まで何が悪かったのか、さっぱりわからない」と言い、キーッと甲高い声をあげて頭をかきむしった。その声も動作も、血の繋がる父親の生き写しでゾッとした。遺伝子は本当に残酷だ。父親と母親のいいところも、そうでないところも、すべて次の世代に残していく。

「期待した通りの結果」が得られない理由を、私はわかっているが、ここには書けない。息子には伝えた。そのことについては、息子も納得せざるをえない。

世の中の大部分の就活生がそうであるように、息子も今、先の見えない苦しいダンジョンの真っ最中だ。ずる賢くやって楽に通過しようとしても、必ずこのダンジョンに戻ってくるように設計されているようだ。今、このダンジョンから逃げても、この先どこかでまた同じ厳しさと苦しさのダンジョンが用意されているだろう。

カルマ、と言ってもいいかもしれない。

このダンジョンを通過する過程で、息子はいくつもの大事な気付きを得て、次のランクに上がるはずだ。そのために、こんな苦しいものがわざわざ設計されてあるんだから。

養生日記

先週、就活でがっくり落ち込んだ息子が風邪をひいた。

息子の風邪がピークだった時、息子の落ち込みもピークで、夜中に私の寝室にやってきてぽつぽつとネガティブな心境を吐露した。その時にウイルスに感染した。

先週の週末から喉の痛みが始まり、月曜の夜には壊れた水栓のように水鼻がポタポタしたたりおちた。経過がいちじるしく似ている風邪を、花粉症の終わりかけにもやった。「このあと、熱が上がったなぁ」と思い出したら、やはり熱が上がり始めた。とまらない水鼻、発熱、咳、で3日間眠れなかった。

途中で、毎日飲んでいた漢方薬も在庫が切れて心もとなくなったが、手持ちの麻黄附子細辛湯と龍角散のど飴でしのいだ。(のど・咳の風邪には龍角散のど飴が本当にいいです。咳が出て入眠できない時、これをなめたら咳が止まってスッと入眠できた)

同時に、普段はやらないレビューの仕事をやっていた。クライアントのレビューが入らない状態で公開されるというので、非常に神経を使った。からだは風邪でボロボロだったが、かろうじて脳はまともに働いてくれて、品質管理担当者から「明瞭的確な修正で、クライアントの期待を超える出来」とおほめの言葉を頂いた。

仕事が一段落すると同時に、咳もほぼ収まり、周囲にウイルスを含む飛沫をまきちらすおそれがなくなったので、漢方薬を処方してもらいに和漢診療クリニックへ。

先生に経過を報告。

先月報告した「やる気が出ない、仕事の能率が上がらない」などの精神症状は改善。先週末から風邪をひいていた。入眠しづらい時に頓服的に使える漢方薬はないか(先生のコメント=頓服的に使える漢方薬はない。入眠剤や安定剤は使いたくない。私のコメント=私も飲みたくない)。

善玉コレステロールを増やすには有酸素運動しかないのでがんばって、と今回も励まされた。リピトールを今回も隔日で処方された。

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ネットの情報を見ていると「徒歩でのスーパー通い」というレベルでは、HDLコレステロール値を改善させられるほどの有酸素運動といえないような気がしてきた。

趣味と実益(=コレステロール値改善)をかねた最高の有酸素運動=登山をまめにできればいいのだが、梅雨だし時間も作りづらい。そこで、何年も遠ざかっていたジムに、また通い始めようと思う。週1回はしっかり汗をかくレベルの有酸素運動をしたい。

どちらを選んでも結局は同じ

先日、心に残る文章を読んだので、おすそわけです。

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バリバリのキャリアウーマンである50代後半女性が書いているWeb日記。

昨年、転職して新しい会社で働いて1年が経った。新しい会社では大変な思いをし、激動の1年だった。

転職の際に、もう一つ迷った会社があった。もしそちらに行っていたら、こんなに大変な思いをせずに済んだのではないかと思うことが、度々あった。

先日、その会社で働いている人とばったり会ったので、食事に誘い、その会社のことを聞いてみると、なんとそちらも激動の1年だったと。一緒に食事をした人は近々退職することになっていると。

つまり、あの時どちらの会社を選んでも激動の1年を過ごすことになっていた、ということがわかった。

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こんな内容の文章でした。

人生の分かれ道で、もう一つの方を選んでいたら、違う人生だっただろうか(今よりも恵まれていたか、今よりも幸せだったか、など)と思い返すことが度々あります。

上の女性の体験は、分かれ道でどちらを選んでも、結局は同じだということを教えてくれています。

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人生と登山は、本当によく似ています。

いくつかの登山道がある中、その道を選んでもたどり着く山頂はひとつです。

そして、こっちの道の方が傾斜がゆるやかだ、あっちの道の方が険しいけれど短時間で山頂に着ける、など、さまざまなバリエーションがありますが、山頂にたどりつくまでに使うエネルギーの量(=経験・苦労の量)は、結局、どの道を選んでも同じだと思うのです。

その人生を生きている間に経験すべきこと(=クリアすべきダンジョン)を、もらさずきちんと経験できるように、あらかじめ設計されているのではないかという思いは、人生を長く生きるにつれて、ますます強くなるばかりです。

息子の気づき

今日、息子が話してくれたこと。

「ある漫画を読んでいて気付いた。オレは志望する会社に入ることが就活の<ゴール>だと思っていた。でも、実はそれは<長い人生のひとつの通過点>に過ぎず、その通過点から先には無限の可能性が広がっているってこと。」

同じ意味のことを私がくり返し話しても彼のこころには届かなかったが、<自分で読みたいと思ってたまたま手にとった漫画>だと、スーーーッとこころに入っていってキラキラとした<気づき>になるのだ(苦笑)。

たまたまパッと開いたページ、たまたまつけたテレビ、たまたま耳にしたラジオなどで、その時の自分にずばり必要な言葉(智慧)と出会うことがある。そのような言葉と出会えるように、偶然を装いつつきちんと手配してくれている大きな存在に感謝せずにいられない。

ともあれ、とても大切な気づきが得られて、本当によかった。

長い長い10日間

本当に長い長い10日間であった。

カレンダー上では10日間だけど、余裕で1ヵ月ぐらいは過ぎただろうという濃さだった。このあいだに大変厳しい経験をした。こんな経験がこの時期に用意されていたとは。

それでも、まだ道のりの途中だ。これからが厳しさの本番かもしれないし、どんな経験が待っているのか、誰にもわからない。これまで頭で理解したつもりでいた「子離れ」というものの厳しさと切なさを、今、全身全霊で経験させられているところだ。

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落ち込み、苦しみ、のたうち回っている子供を、早く楽にさせてやりたい。表情がなくなってしまった子供に、早く笑顔を取り戻させてやりたい。

親なら、誰でもそう思う。

どんな言葉をかけてやったら、こころが楽になるだろうか。どんなことをしてやれば、慰めになるだろうか。子供の将来を、良い方向に導けるだろうか。かけてやりたい言葉、してやりたい行動が、次から次へと頭に浮かんでくる。

それらが頭に浮かんでくるたびに、すべて打ち消す作業をしなければならない。

なぜならば、この経験を自力で乗り越えることが、彼の生きる力を高め、自分の人生を自分で生きられる人間に成長させるとわかっているからだ。

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昔、私と息子が大変厳しい状況に置かれた時、心配した実家の母から電話があった。(慰めるために)今からそっちへ行こうか?と言われた。けれど、断った。

その時の私は、瀕死の傷を負った動物のような状態だった。どうやって日々をしのいだか、はっきり思い出せない。とにかく、納期が迫った目の前の仕事を淡々とこなし、子供にごはんを食べさせ、保育園の送り迎えをした。

子供と二人で住むには高すぎる家賃の部屋を、出なければならなかった。引越し業者を手配し、すぐ近くの部屋に引っ越した。

そのようなことを、ひとりで淡々とこなしていた間、事情を知っていた実家の両親は、どんな気持ちであったか。今の私には、よくわかる。

本当は、すぐに飛んできたかったはずだ。娘と幼い孫を捨てていった男をぶん殴りに行き、「何も心配ない、戻ってこい」と言って、私たちを無理にでも引っ剥がして連れ帰りたかったはずだ。けれど、それをせずに、ただ、娘からの連絡を待っていることの、つらさ、苦しさ、切なさ。

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誰かと話がしたいという気持ちになった時に話を聞いてやること(アドバイスや助言は一切しない)。

様子を見ながら、もっとも適切なごはんを作ってやること。

傷が癒えて自分の力で立ち上がって歩き始めるのを、ただ待つこと。

もっとも肝心なことは、適度な楽しみも交えながら、私自身の生活を淡々と紡いでいくことだ。

養生日記

毎日のヨガとウォーキング(徒歩での買物)は順調に続いている。

特にヨガは、養生生活を始めた2月上旬からほとんど毎日続いている(できなかったのは数日ぐらい)。ヨガを始めたのと並行して体重が落ちはじめ、体型が変化してきた。先日、鍼灸の先生からも「おしりの周りの肉がかなり落ちましたね。これぐらい落ちたら誰が見てもわかる」と言われた。

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自分でプログラムを組んで(というか、からだの硬い私でも無理なく気持ちよく続けられるアサナを組み合わせて)やっているヨガでは、背側の筋肉(アキレス腱、ふくらはぎ、太ももの裏側、おしり、腰、背中)を伸ばす動きが多い。

そのアサナを毎日やっているうちに、背側の筋肉や腱がよく伸びるようになってきたと実感している。以前は固まっていた筋肉や腱が動くようになってきたので、まわりに付いていたブヨブヨが減ってきたのではないかと思う。

鍼灸の先生いわく、ヨガをしながら無意識にやっている呼吸法(しっかり吐いてしっかり吸う)も、代謝を上げるのに有効なのでは、とのこと。肺にたまったいらない空気をしっかり吐けていない人が多いので、と。確かに、肺の中の空気を出し切るなんて、ちゃんと意識して吐かないとできないことだ。

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食事の量は、「食べ過ぎた」と感じるほど食べないように気をつけている。そして、小腹がすいた時はチーズ(+ナッツ)を食べる。

甘いものは、主に朝に食べる果物だけ(今はゴールデンキウイにハマっている)。たまに、息子のアイスモナカをひとかけもらったり、生活クラブで注文したみたらし団子を家族で分けて食べたり。甘いお菓子を口にする頻度は、月に2~3回。

以前は、1パック4本入りのみたらし団子を一人で(!)食べたり、夏場は「暑い中を買物に行ったからご褒美」と称して買物に行く度にアイスを買って食べたりしていた。こんな食べ方は、ちょっと食べ過ぎだったと思う。

甘いものを断つつもりはない。甘いものを食べる楽しみは人生の彩りだ。ただ、私の体質だと以前の食べ方は食べ過ぎなので、今ぐらいの量と頻度で楽しんでいこうと思う。

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奥多摩で暑さにバテて敗退してから、一度も山に足を運んでいない。3月に就活が解禁されてから、自分の楽しみを二の次にしていた、ということもある。

先日、夫に叱られて、私は息子の世話を「やり過ぎていた」と痛感したので、そっちはもう必要十分なことだけにして、私自身の生活(仕事、家事、楽しみ)に重点を戻そうと思う。